僧侶「お墓は不要ですよ」なぜ?僧侶のお墓不要論

賛否ある意見だと思う。

しかし供養はしっかりつとめたいが
お墓を持つという事の難しさを実感している方にとっては
参考になるかと思う。

お墓を巡っては
僧侶の立場でいろいろな供養を見てきたが

お墓を相続するにあたり
本当に様々な問題が発生する

例えば
相続すべきお墓の継承を長男が希望しない場合もある。

故郷とはるか離れた場所に家を立てて根付いたのでお墓がおろそかになるというケースもある。

変わったところだと
海外に移住したという人もいる。

極論
こういった場合お墓は不要なのではないかと思う。

供養の形も多様化して選択肢も増えてきているという背景もある。

今回は僧侶の立場から
お墓不要論について考えてみたい。

また
お墓を不要とするならば供養はどのように行うか
一つの指針を示しておきたい。

お墓の功徳は陰徳を育てる事

そもそもお墓の役割とは?

純粋に先祖を供養することだが
それは陰徳を育てるということでもある。

お墓が一族繁栄の基となり
あるいは中心点が定まり
陰徳がつみかさなり、根が深まる。

結果 表の生活の土台が確かになり
大きな樹木が育ち
より多くの幸福の果実を得ることに繋がる

陰と陽は常に表裏一体で
陽の成功と陰の成功はバランスするので
陽の成功を追い求めるあまり
陰とのバランスが崩れ
なぜか大病するなど
そういった目に見えないものが調和を図ろうとする。

目に見えるところにばかりエネルギーを向けるのではなく
目に見えないところにも同じようにエネルギーを向ける必要がある。
その方法の一つが
先祖の供養を通して
長年相続されてきた陰徳を引き継いで育てていくこと。

だから
お墓の相続をおろそかにすることは大変問題があると
霊に通じる役割を担う僧侶としては強く思う。

そんな僧侶がなぜお墓は不要ですよ

と考えるのか?

お墓の相続には問題が多い

昭和から平成にかけては
先祖供養にあたりお墓を持つのが当たり前であった。

娘しかいないので将来絶家になることが予めわかっていても
両親の供養のためにお墓を建てるのが当たり前だったので
今墓じまいが多い。

しかし、
冒頭に書いたように
お墓の相続は並大抵の苦労ではないというのが
今の時代だ。

ライフスタイルが多様化して
住む場所が流動的になっており
お墓の場所と違う地域に家を建てる場合もある。

少子化や晩婚化によって継承者が不在であったり
生涯独身で家族はペットという人もいる。

それでも
お墓を持つべきであると
無理を通しても
先祖供養の手段と目的が入れ替わってしまって
本末転倒。
人生の負債になっては
先祖が浮かばれない

特に
次男で新たに祭祀を行う場合
無理をしてまでお墓を新たに建てる必要があるか?
といえば甚だ疑問である。

僧侶としては
寺院墓苑に檀家さんがお墓を建ててくれることは推奨する立場だが・・・

仮にお寺の経営や伝統などを考えず
先祖の供養をつとめて陰徳をしっかり積むという目的に立ち返ってみれば
お墓に執着するのは違うのではないか。

お墓を持ったほうがいいケースもある

とはいえ
お墓をすべて否定しているのではなく
基本はお墓を持つ
が良く、それが一番の供養になるだろう。
しかし、
無理なパターンで無理をしなさんなよ
という事。

だから
自分が長男で
車でせいぜい1時間以内の霊園にお墓があるなら
喜んで継承してしっかり祭祀をつとめてほしい

それが何よりなこと。


明らかにお墓の継承や建立が無理筋な場合には
別の供養の方法を模索してもいいかと思う。

永代納骨という選択肢はどうだろう?

何度か永代納骨の話はしているが

例えば
各宗派の本山に問い合わせしてみれば
永代納骨を受けているところもあるだろう。

本山であれば
有り難いし寺院の継承者が不在で廃寺になることもない。

これを勧めると誰も寺院の墓苑に納骨しなくなるのであえて言う僧侶は少ないだろうが。

別に本山でなくても
宗派不問で
永代納骨を受けている霊園は多くある

永代納骨の場合は
合同墓に合祀してしまう形になるケースがよいと思う。

納骨堂への永代納骨の場合三十三回忌をすぎたら自動的に合同墓に合祀されるなら良いが
違う場合はお骨が常に残ってしまうという問題がある。

永代納骨なら
関西だと一心寺などが有名なところだ。

一心寺の骨佛にするというやり方は
個人的には不自然だし
合祀であれ土にかえる形でお骨は納めるべきだとは思う。
とはいえ、地域によっては
骨壷のまま納骨する場合もあるので
このあたりの常識は地域によって違うと思うが

おいておいて
今は一度収めれば
永代納骨として今後の管理費も不要な合同墓もあるので
そういったところをさがしてみるのはいかがだろうか?



永代納骨をする場合の注意点

お墓を持たずに永代納骨した場合は
故人の親族や友人には
お骨を納めた霊園の情報と場所
戒名と個人のフルネームは伝えたほうがいい。

お墓はいつでもだれでも
自由に故人に会いに行ける場所なので
それは永代納骨をした場合でも同じこと。

永代納骨にあたり抑えておきたいこと

追善の供養を依頼できるかどうか?
も確認しておきたい。

寺院の納骨堂であれば
回向依頼を5,000円などで受けているところもある
この場合は
お経の依頼だけしておけば
自分が同席する必要はないような形が多い。

また
合同墓と別に
法要所が隣接されており
故人の年忌法要を勤める場所が用意されている場合もある。

その場合は
その寺院の僧侶にお経を依頼するのか?
場所を借りるだけで僧侶はこちらで手配するのか?
このあたりも霊園によって違うだろうからチェックが必要だろう。

またお骨を納めたあとの回向については
彼岸などの合同供養で一括で行っている寺院もある

個人的には以下の三点を抑えておきたい。

①会費不要

一度納めたあとの強制的な会費が不要
永代納骨とはいえお寺の会費が発生したり管理料が発生しないかどうか?

②回向依頼ができるか?
納骨堂にお参りに来たときにお経回向の依頼ができるか?
遠方でお参りできない場合に回向をお願いできるか?

③法要場所があるか?
年忌法要にあたっては
こちらで僧侶を手配するかしないかに関わらず
法要場所を借りれるところがよいのではないかと思う。

年忌法要はしっかり勤める

永代納骨をした場合は
お墓をもち
祭祀をつとめるわけではないのだから
その分
自宅での供養はしっかりつとめてほしい。

自宅で行う法事はとても大事で
小さいお子さんを育てる家こそ
仏事の場を子どもたちに見せておきたい。
親が目に見えないものや
先祖を大事にしているという姿を見せることが
どんな言葉より子どもたちの記憶に残ることだろう。

今日日は
どこぞのお寺の檀家でなくても
年忌法要のみを依頼できるような
インターネットのマッチングサイトもある

たとえば
よりそうの僧侶派遣などだ。

檀家として特定のお寺に頼む場合より
当然お布施は割高にはなるが
前後の付き合いを一切省けるという意味では
今の時代のお寺との付き合いの方の一つとも言える



仏壇もぜひ持ってほしい

また仏壇も
ある程度簡略化したものであれば
数万円もあれば入手できる

洋風の家に合うモダンなものもある。

仏壇を持つことに抵抗があるかも知れないが
先祖供養と心の修練の場を家にもつことは
思っている以上に心の拠り所になるはずだ。



最後に

以上が
私が思う
お墓不要論だ。

先祖供養を通して陰徳を積み
豊かな生活の土台とする

という目的のための手段が
必ずしもお墓を持つだけではないという事だ。

永代納骨という選択肢もあるし
檀家にならずとも
インターネットを利用したマッチングサイトで本職の僧侶にお経を頼み法事を行うこともできる
また洋風な家にもマッチングする
安価な仏壇も揃えることができる。

お墓にとらわれて
供養がおろそかになるより
自分しっかり供養をつとめて納得できる方法を実践できれば
足りることなのだ。